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ウォールストリートジャーナル 2012年 10月 25日 16:54 JST
http://jp.wsj.com/Life-Style/node_536005?mod=LatestCoBrand
家を売って世界を転々とする引退生活
私は70歳。私の夫、トムは66歳。
それぞれの人生の大半をカリフォルニア州で過ごしてきた。
今日の住み家は、自分たちとそれぞれの30インチのスーツケースが存在する場所だ。
わかりやすく言えば、私たちは高齢のジプシーだ。
2011年の初め、私たちはカリフォルニア州の家を売り、いくつかのとっておきたい物を縦3メートル横4.5メートルの物置に移動させた。
それ以来、私たちはメキシコ、アルゼンチン、フロリダ州、トルコ、フランス、イタリア、英国などの家具付きアパートに住んできた。
クリスマスに米国に一時帰国するまでの向こう2カ月間はアイルランドとモロッコに住むつもりである。
私たちが現在住んでいるのは、ロンドンの中心街から電車で25分、テムズ川から90メートルの距離にある1ベッドルームのアパートで、この原稿もそこで書いている。
私たちには引っ越しの才能があるのだ。
新しい家に荷物を降ろして数分以内に、そこを自分たちのものにしてしまう。
目覚まし時計をベッドの脇に置き、お気に入りの野菜の皮むき器とすぐに測れる温度計をキッチンにしまい、それぞれのノート型コンピューターの電気コードをコンセントにつなぎ、電源を入れる。
そして、私たちは家電製品を機能させる方法を一緒に学び始める。
こうしたことを考えると、私たちは定住するのが好きなジプシーと言った方が的確だろう。
少なくとも1-2カ月は定住しているのだ。
こんなことをしている理由は単純だ。
夫と私は、メキシコ旅行中の本音の会話で、2人とも放浪しているときの方が幸せだということを実感した。
共に健康を維持しており、世界各地を3週間の休暇では味わえない方法で見て回りたいという願望も共有している。
外国で現地の人のように住むという考えにスリルを覚え、18カ月近く「家なし」の生活を続けた今も、それを決断して良かったと思っている。
パリやイスタンブールに住んでいると、家に閉じこもっている日でさえ、面白いことがたくさんある。
しかし、これを実践するのは口で言うほど簡単ではない。
とはいえ、そこそこの老後の蓄えがある多くの退職者ならば、私たちのような生活が楽しめると思う。
一カ所に定住している場合と同様、放浪生活の予算は、支出の優先順位をどうするか、どういったライフスタイルを追求したいかで変わってくる。
たくさんの衣装が必要で、豪華なディナーパーティを開くことに生きがいを感じている人は、私たちの生活に魅力を感じることはないだろう(そもそも貸間で魅力的な食器を提供してくれるところなどめったにない)。
私たちにも自分たちの正気を疑う瞬間がある。
イスタンブールで豪雨の中、完全に道に迷って膝まで水浸しになったり、パリの3階のバルコニーで閉め出されたことに気付いたときなどは、一時的に後悔することもあった。
しかし、私たちは3つのことを学んだ。
第1に新しい状況に対処し、外国にいながら複雑な旅行計画を立てることで、脳の老化を防げるということ。
第2に、こういう生活を送っているのは私たちだけではないということ。
私たちは日常的に引退生活を送っている人々に出会う。
長期休暇を楽しんでいる人もいれば、私たちと同じような放浪生活をしている人、外国に永住している人などがいる。
私たちが旅を始めて間もなく出会ったある男性は私にこう言った。
「私たちのように、余生の楽しみ方を知っている人はたくさんいる」
第3に、リスクを補って余りある喜びや感動が得られるということ。これは最も重要なことである。「自宅」のリビングからフィレンツェのスカイラインを眺めたとき、「近所」の角を曲がったらエッフェル塔のてっぺんが私たちにウインクしていたときには、苦い経験など吹き飛んでしまうのだ。
■思い切ってやってみる
国際的なノマド(放浪者)になってみるのも面白そうだと思ったが、私たちはまず、そうしたライフスタイルを実践するための
経済的余裕を生み出す必要があった。
いろいろと計算してみた結果、カリフォルニア州の家を売れば、世界のほとんどの場所で快適に暮らせるということがわかった。
固定資産税や屋根の修理代を支払わなくて済むようになると、列車の旅が思う存分楽しめるようになるのだ。
金銭面の具体的な話をする。私たちのファイナンシャルアドバイザーは、毎月約6000ドルを送金してくれる。
これは投資から得られた収入だ。
この他に社会保障給付金や少額の個人年金も受け取っている。
住宅費、クルーズ料金、航空運賃、ホテルの宿泊料などの前払い金には約2万ドルの「予備資金」を利用し、通常のキャッシュフローには影響を与えないようにしている。
私たちは経費を予算内に収めるために単純な戦略を守っている。
パリやロンドンといった物価が高いところに住んだら、次はメキシコ、トルコ、ポルトガルといった物価が安いところに住んでバランスを取る。
週に数回は外食するが、ほとんどは自炊している。
私は料理が好きで、食料品の買い物はその国のことを学ぶ上で有効な方法だと思う(ブエノスアイレスで重曹を見つけるのは予想以上に難しかった)。
私たち以上に節約することも可能だろう。
まずは住居費から始めるといい。
外国の賃貸料は大きさ、季節、場所、基本的な設備によって異なってくる。
それでも駄目なら、お金のかからない場所を歩いたり、見物したりすることをお勧めする。
■多くのチャンス
飛行機、列車、バス、タクシー、自家用車、フェリーなどさまざまな交通手段を利用してきたが、現在最も気に入っているのはリポジショニング(回航)で大西洋を横断する船旅である。
クルーズ会社が季節に応じて客船を移動させる必要があるとき、料金は格安になる。
オフシーズンに仕事を数週間も休んで大西洋を横断する人があまりいないからだが、目的地に行けて、宿泊もでき、2週間以上にわたって豪華な食事ともてなしを楽しめるのだから、私たちにとっては理想的だ。
客船で旅行すると到着した場所で時差を感じることもなく、長期訪問の目的地としてはおそらく選ばないが、それでも興味深い場所を見て回ることができる。
■土地になじむ
私たちは地元に住んでいる人から住居を借りることに関して最高についている。
交通機関や買い物に関する情報を得たり、無理のない程度のリクエストに応じてもらったりし、至らない部分があっても通常はすぐに修正してもらえる。
パリのアパートの大家に鍋やフライパンが少しくたびれていると話すと、その大家は翌日に新しい料理道具のセットと2つのステンレス製のフライパンを持ってきてくれた。
もちろん、どの目的地でもいくつかの厄介な問題に直面する。
食料品の買い物の仕方を覚える、現地の交通機関を利用する、インターネットに接続する、腕のいいヘアサロンを探す、暖房・冷房装置や聞いたこともないブランドのDVDプレーヤーを操作するなどはそうした問題の一部である。
不慣れなキッチンでは、食事を作るのに苦労することもよくある。
電子レンジの使い方がフランス語やトルコ語で書かれていると、食事の準備は大幅に遅れてしまう。
また私たちが遭遇したすべての洗濯機・衣類乾燥機にはいくつもの未知のコースが搭載されていた。
■今のところは素晴らしい経験ばかり
私たちのライフスタイルで最もスリルを感じるのは、通常の生活では決して出会えない人々と交流できることだろう。
パリで近所にあったお気に入りのチーズ屋は、来客の時間にちょうどいい感じで溶けることを保証してブリーチーズを選んでくれ、実際にその通りになった。
フィレンツェの街並みを見下ろすテラスで開かれたディナーパーティでは、若くて優秀な2人のセルビア人教育者や国際的に有名なイタリア人の詩人と出会った。
トルコのクシャダスでは16世紀に建てられた美しいホテルに滞在したが、ある午後のひと時、私はそこのオーナーとバックギャモンをして過ごした。
こうした瞬間は、マニュアル車の運転と左側通行に慣れようとしているときにロンドンの渋滞に巻き込まれるといった居心地の悪い瞬間を忘れさせてくれる。
私たちは所有物からの解放感も感じている。
旅先で会う人々は私たちの家、骨董品、芸術品や他の所有物のことなど気にせず、私たち自身に興味を示してくれる。
これはホームフリー生活がもたらした恩恵の1つであり、おかげで他の人々と驚くほど素直にかかわれるようになった。
■インターネットでつながる
私たちは家を持つことをやめたので、月々の支払いもほとんどない。
オンラインの支払いサービスを利用し、マイレージが貯まるように買い物のほとんどにクレジットカードを使っている。
郵便物は娘が受け取ってくれているが、その枚数はゼロに近づいている。
インターネットの接続環境が良好であることは必須条件だ。
コンピューターは私たちと家族や友人との交流を維持し、旅行の計画を立てるのにも役立っている。
また映画やテレビ番組の英語放送がないところでは、娯楽をもたらしてもくれている。
私たちのそれぞれがノート型コンピューターと「iPhone(アイフォーン)」を1台ずつ持っており、アマゾン・ドット・コムが販売する電子書籍リーダー「キンドル」には愛読書や旅行ガイドが収容されている。
家族や友人に頻繁に会えないのは当然さびしいが、彼らは私たちのことを許してくれ、私たちが近くに家を借りて遊びに行くときには大歓迎してくれる。
私たちのファイナンシャルアドバイザーでさえ、私たちの計画がうまくいっていることを渋々認めているぐらいだ。
カリフォルニア州の敷地面積230平方メートルのゆったりした家を売却し、パリやイスタンブールの45平方メートルのアパートに住むことは、私たちにとってむしろ有利な取引だと思っている。
かつての重厚なガスコンロ、ブランド物の鍋やフライパン、巨大な冷蔵庫は、今ではままごとセットのサイズのシンク、ホテルのミニバーのような冷蔵庫、かなり怪しげな調理器具に取って代わられている。
私たちはシンクが1つしかないバスルームを共有し、13インチのコンピューター画面で映画を観ている。
それと同時に、私たちはランチで天国から来たとしか思えないパテを食べ、牛たちでさえ美しく見える風光明媚なフランスの田舎でドライブを楽しみ、イタリアでは食後の運動にアルノ川沿いを歩いている。
何らかの問題が起きるまで、私たちがこの生活をやめることはないだろう。
(筆者のリン・マーティン氏は世界各地を転々としながら執筆活動を続けている)
記者: Lynne Martin
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【気なる目次(4)】
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