2012年8月25日土曜日

アジアのパワーシフトで激しさを増す領有権争い


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ウオールストリートジャーナル 2012年 8月 25日 11:27 JST
http://jp.wsj.com/World/node_500432?mod=WSJFeatures

アジアのパワーシフトで激しさを増す領有権争い

  このところ日本、中国、韓国、ロシアでは領有権をめぐって感情論が高まっているが、驚くべきは、争点となっている島々の一見したところの重要性の低さである。
 そのほとんどは無人島であり、自然資源に乏しく、漁業権にこそ価値がありそうだが、戦略的価値も往々にしてさほど高くはない。

 これは、対立が島々の領有権のみをめぐってのことではなく、日本と近隣諸国との長く複雑な歴史に根差しているからである。
 特に20世紀前半の日本の帝国主義がもたらした不幸な歴史や、それをめぐる緊張関係を日本政府が長く続いた平和な期間に完全に解決できなかったことが大きい。
 こうした長年の見解の相違は今や経済的にも政治的にも弱体化しているとみられている日本の決意を試す好機になっているようだ。

 元防衛大学校長の五百籏頭真氏は、
 「パワーバランスの変化で中国が優位に立ち、日本は守勢に追い込まれている。
 パワーポリティクスをたしなむ国はこういうのにつけこみ、やってもやれるという認識を持つ傾向にある」
と語る。

 今月に入ってから、たった数日の間に、日本政府は3カ国との新たな緊張に対処せざるを得なくなった。
 8月15日には中国人の活動家が尖閣諸島の魚釣島に上陸、その数日後には日本の保守派の地方議員らが同じような形で上陸した。
 日本政府と韓国政府は、8月初めに韓国の李明博大統領が竹島(韓国名は独島、国際的にはリアンクール岩礁と呼ばれている)を訪問して以来、とどまることのない報復合戦を続けている。
 一方、ロシアは日本政府が領有権を長く主張している北方領土の周辺海域に揚陸艦を派遣するとしている。
 数週間前にはロシアのメドベージェフ首相が北方領土(ロシア名クリール列島)を訪問している。

 8月23日、日本と韓国の緊張はさらに高まった。
 韓国政府は野田佳彦首相が李明博大統領に宛てた親書の返送という外交上異例な措置に踏み切った。
 日本の外務省はその親書を突き返しに来た韓国外交官の乗った車を敷地内に入れず、その試みは失敗に終わったが、その後書留郵便で送ったという。
 野田首相は衆議院予算委員会で、天皇陛下に対する非礼な発言に関しての謝罪を李明博大統領に求めた。

 政府高官やアナリストたちは日本と韓国の政治的な緊張が2国間の重要な経済関係を損なうことはないと語るが、憂慮すべき兆候はある。
 韓国の反日活動家は日本製品の非買運動を呼びかけている。
 日本は今月に予定されていた2国間の財務対話を中止し、昨年に合意していた、潜在的な金融危機への対策としての日韓通貨スワップ協定拡充措置の拡大を見送る構えを示した。
 日中韓3カ国の自由貿易協定につなげるはずだった中国との貿易交渉で、韓国が日本を締め出そうとするかもしれないと懸念している日本人もいる。

 日韓ともこの対立をエスカレートさせることに懸念を感じている。
 「われわれは歴史問題と両国の将来にとって重要な問題を結び付けて考えたことはない」
と李明博大統領の側近の1人は述べている。

 なかには、半世紀続いている日米軍事同盟の強固さについて新たな疑問が出ていることも領有権争い激化のきっかけになっているとみる専門家もいる。
 日米両政府は防衛協力を深めようとさまざまな手を尽くしているが、海兵隊基地や垂直離着陸輸送機MV22オスプレイの配備に対する市民レベルの反対運動の高まりはそうした努力を複雑なものにしてきた。

 元駐米大使の加藤良三氏は日米同盟について、強固ではあるが、若干弱まっており、信用格付けに例えるともはやトリプルAではないと話す。
 この同盟関係にほころびが生じると、中国、ロシア、韓国につけ入る隙を与えてしまうことになるというのだ。

 この地域の対立の激化は、中国の劇的な台頭に対処するためにアジア重視に舵を切っている米国にとっても新たな難題を生むことになる。
 特にますます騒がしさを増している日韓の対立は、中国の攻撃的な行動を防ぐために2つの友好国と協力をして立ち向かおうという米国の努力を台無しにしかねない。

 今月発表された日米同盟に関するリポートで、元米国務副長官のリチャード・アーミテージ氏と元米国防次官補のジョセフ・ナイ氏は日本と韓国に対して
 「歴史に関する見解の相違を蒸しかえそう、国内政治のために民族主義的な感情を利用しようという誘惑に屈しないこと」
を求めた。
 また日米韓の強い連携については
 「日米同盟と地域の安定、繁栄にとって絶対に不可欠」
だと述べている。

 現在東アジアの国々は、貧富の拡大をもたらした世界的な経済競争のプレッシャーと戦いながら、新しいアジア地域の秩序作りで主導権を握ろうと画策している。 
 そのなかで、各国間の対立の火に油を注いでいるのは地域を席巻しているナショナリズムの台頭である。
 今年、そうした不安はこの地域一帯に大きな影響を与えることになるだろう。
 中国では指導部の交代が予定されており、ロシアでは大統領選挙があった。
 韓国では年末に大統領選挙がある。
 日本では野田首相に解散総選挙を迫る声が高まっている。
 選挙で受けそうな政治成果を早急に上げられなければ、民主党は敗北する可能性が高いとみられている。

 日本と中国は東シナ海にある尖閣諸島周辺をめぐって対立している。
 同諸島は1894〜95年の日清戦争を境に公式に日本の支配下に入ったが、中国と台湾もそうした島々との歴史的なかかわりを理由に領有権を主張している。
 近年の中国の急激な海軍拡張で、領有権をめぐる両国の舌鋒は鋭さを増している。

 10年に1度の世代交代を数カ月後に控えている中国政府の指導部は、国民が強い関心を示している日本との領土問題で弱腰だと思われることを恐れている。
 日本と中国の経済的な関係はますます深まっており、日本のポップカルチャーは中国の若者のあいだで人気となっている。
 その一方で第2次世界大戦中に日本が中国の大半を強引に占領したことからくる根強い不信感は今も残っている。

 今月、日本は尖閣諸島に上陸した中国人活動家を強制送還したが、それを受けて先週末には中国の多くの都市で過激な反日デモが勃発した。
 ネット上に掲載された写真には日本製の自動車を破壊する暴徒が写っている。
 2010年10月以来最悪となったその反日デモについて、アナリストや外交官は、強力なナショナリズムの台頭が、弱腰と思われた指導部にとっていかに重大な脅威になり得るかを示していると話す。
 警官がなすすべなく見つめるなか、深センの大勢の若者が日本車のパトカーをひっくり返している映像は特に印象深い。

 日本と韓国の対立の主因となっているのは、1840年代にこの海域で操業していたフランスの捕鯨船にちなんで名づけられたリアンクール岩礁という両国の間に位置する複数の小島である。
 この小島は1600年代に始まり、歴史上長い間両国の地図に描かれている。
 日本は1910年に朝鮮半島を占領する前、1905年にこの島の領有権を主張している。

 2008年に大統領に就任して以来、李明博大統領は日本との歴史問題を軽視しすぎているとの批判を受け続けてきた。 
 8月10日の李氏の竹島訪問は、日韓秘密情報保護協定の調印延期の原因にもなった2国間の歴史問題をめぐる6月の国民の抗議を受けてのものだった。

 日韓の専門家の多くは、李明博大統領の竹島訪問の狙いを、低い支持率の回復、身内のスキャンダルから目を逸らすこと、12月の大統領選まで残り数カ月でも自分に政策決定能力があることを示すことにあるとしている。
 最近の演説で李氏は「任期の最後の1日まで」働き続けると誓っている。

 北海道沖にあり、ロシアが実効支配をしているクリール列島についても、日本は1855年の日露和親条約(下田条約)に基づいて領有権を主張している。
 同条約では日本とロシアがその地域に関して初めて合意していたが、ロシア政府は日本が第2次世界大戦に敗北したことで北方領土が旧ソビエト連邦に帰属したと主張している。

 最近のロシアの北方領土支配をアピールする動きからは、ロシアが国内的に図ろうとしている自国に対すイメージチェンジと世界的な影響力を再び誇示しようというプーチン大統領の思惑が見て取れると一部の専門家は分析する。

 ロシア政府はアジアにおけるイメージに特に懸念を抱いている。 
 というのも、中国の急成長する経済と中露国境沿いにある中国都市の発展は、経済が悪化しつつあり、人口も減少傾向にあるロシアの影を薄くしているからだ。
 2010年のメドベージェフ前大統領のクリール列島初訪問に関してロシア・イン・グローバル・アフェアーズ誌の編集者は
 「同国の指導部は最果ての地の面倒もみるということ」
を示すためのものだったと指摘する。

記者: YUKA HAYASHI in Tokyo, BRIAN SPEGELE in Beijing, EVAN RAMSTAD in Seoul and ALAN CULLISON in Moscow







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